inu-daisukiのブログ

 犬好きです。いろんなことに挑戦しています。英語、中国語、フランス語、韓国語、カラオケ、健康体操、野鳥観察、文学、哲学書・宗教書を読む、認知症サポーター、地域コミュニティーの在り方、図書館の在り方、老人会(寿会)の在り方探索、国際交流、短歌、俳句、川柳、各紙への投稿等々……。しかし、どれも中途半端なので、最近は、とりあえず英語が流暢に話せるようになるため、多くの時間をかけています。

Dostoevsky 'Brothers of Karamazov'First volume 8


 (イワン)「たとえば、裁判というような問題における国家と教会との妥協なぞは、僕に言わせるなら、その完全かつ純粋な本質から言ってもありえないことなのです。僕が反駁した聖職者は、教会は国家の中で厳密な一定の地位を占めている、と説いています。ところが僕が反論で述べたのは、むしろ反対に教会が国家全体を内包すべきであって、国家の中の小さな一角を占めるべきではない、かりにそれば現在何らかの理由で不可能であるとしても、事物の本質から言って疑いもなく、キリスト教社会の今後の発達の直接的なもっとも主要な目的になるはずである、ということなのです」、「まぎれもないウルトラモンタニズムですな!苛立たしげに足を組み替えて、ミウーソフが叫んだ」(p146)
 「あなたはまるっきり正反対に解釈なさっておれれますね! パイーシイ神父がきびしく言った。『教会が国家になるのではありません。いいですか。それはローマと、その夢です。そんなものは悪魔の第三の誘惑です! そうではなく、反対に、国家が教会になり、教会の高さまでのぼって、全地球の教会となるのです。これはもう、ウルトラモンタニズムにも、ローマにも、あなたの解釈にも、まるきり反するものであって、地上における正義の崇高な使命にほかならないのですからね。この星は東方からさしのぼるのです』」(p159)
 国家が教会の高さまでのぼる、とは何を意味するか、とても難しい。教会は裁判や、統治権を行使すべきではない、と思う。その時、宗教は堕落するのでは?