Do the Christ to model
佐藤優『新約聖書』2「キリストは、神の身分でありながら、神と等しいものであることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。このため、神はキリストを高く上げ、あらゆる名にまさる名をお与えになりました。こうして、天上のもの、地下のものがすべて、イエスの御名にひざまずき、すべての舌が、『イエス・キリストは主である』と公に宣べて、父である神をたたえるのです」(p237~238)
「パウロは、生前のイエスと出会ったことはない。十字架の死を遂げた後、幻の中でイエスと出会った。実は、これがキリスト教の起源なのである」(p11)とあるように、パウロという偉大な使徒によってキリストは息を吹き返した。パウロはキリストを模範とせよ、と訴えた。キリストは神でありながら、へりくだって人間と同じ姿で現れた、という比喩は信者の心をを激しく打つ。パウロは文章の天才だ。それ故、ニーチェなど後世の人たちからキリストを神格化したと激しく攻撃されることになる。
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