Two aspects: pure life and dirty life
仏教に「染浄の二法」という見方がある。善と悪を分けるというより善悪は渾然一体となっているという。染浄の二法の「染」は、染法のことで、「浄」は、浄法のことである。染法は、煩悩・業・苦等によって汚された無明(迷い)、浄法は、清浄な法性(悟り)の法をいう。十界の上からみると、迷いとは九界であり、悟りとは仏界である。故に染法は九界、浄法は仏界をあらわす。人間(広くは森羅万象)には本来仏の生命が備わっているが、それが冥伏しているため苦悩の底に沈むといわれる。
仏教には超絶的な仏はいない、とみる。凡人の中に尊い仏の生命が内在し、それをいかに出すかが大事という。釈迦の考えは、とても身近で、手で触って皮膚病を治したりしない。病気は医者に任せればよいという常識的な考えの持ち主である。だから医学を大切にした。
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