Origin of life
佐藤優『新約聖書』1に「初めに言(ことば)があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は、初めに神と共にあった。万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった」(p265)とある。
次に武田祐吉訳『古事記』を紹介する。
わたくし安萬侶やすまろが申しあげます。
宇宙のはじめに當つては、すべてのはじめの物がまずできましたが、その氣性はまだ十分でございませんでしたので、名まえもなく動きもなく、誰もその形を知るものはございません。それからして天と地とがはじめて別になつて、アメノミナカヌシの神、タカミムスビの神、カムムスビの神が、すべてを作り出す最初の神となり、そこで男女の兩性がはつきりして、イザナギの神、イザナミの神が、萬物を生み出す親となりました。そこでイザナギの命は、地下の世界を訪れ、またこの國に歸つて、禊みそぎをして日の神と月の神とが目を洗う時に現われ、海水に浮き沈みして身を洗う時に、さまざまの神が出ました。
キリスト教においては、万物は言によって成り、わが国の神話では、混とんとして状態から神々が誕生し、男女の神としてイザナギの神、イザナミの神が、萬物を生み出す親となった。古事記は歴史書よりも神話と見なされている。仏教では生命は「成住壊空」を繰り返していく、と説いている。「成住壊空」とは、「四劫」とも呼ばれ、4種類の劫である。「成住壊空」はすべての生命に当てはめることができる。人間で考えると、赤ちゃんが生まれ(成)、成長し(住)、老人となってやがて死んでいく(壊)、最後に土にかえり、宇宙に溶け込んでいく(空)過程である。小さな虫にも、巨大な星の世界にも当てはまる。「長阿含経」に説かれている。紀元前6世紀に釈迦が著した経文には『聖書』『古事記』の国づくりに見られない、科学的発想が見られてとても興味をそそられる。
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