Heikemonogatari 4 Rokudai
Rokudai六代
北条四郎策(はかりこと)に、「平家の子孫と言はん人尋出したらむ輩においては、所望こふによるべべし」と披露せらる。……中にも小松三位中将殿の若君、六代御前とておはすなり。平家の嫡々なるうへ、年もおとなしうましますなり。……さてもあるべきならねば、母うへなくなく御ぐしかきなえ、、もの着せ奉り、既に出し奉らんとぢたまひけるが、黒木のずずの、ちいさううつくしを取出して、「是にて、いかにもならんまで念仏申て、極楽へ参れよ」とて奉り給へば、若君是をとって、「母御前にはけふ既にはなれまゐらせなんず。今はいかにもして、父のおはしまさん所へぞ参りたき」とのたまひけるこそ哀なれ。……めのちび女房、せめても心のあられずざに、はしり出て、いづくをさすともなくその返を足にまかせて、なきありくほどに、ある人の申けるは、……墨染の衣、袴着て、月毛なる馬に乗ったる僧一人、鞭をあげてぞ馳たりける。……まことや小松三位中将維盛卿の子息、尋出されて候なる、高雄の聖御房申うけんと候、疑をなさず、あづけ奉るべし。北条四郎殿へ 頼朝 とあそばして、御判あり。二三遍おしかへしおしかへしようで後、「神妙神妙」とて、打おかれければ、斎藤五・斎藤六は言ふに及ばず、北条の家子・郎党共も、皆悦の涙をぞ流しける。(p318~340)
六代御前は、平安時代末期の人。六代御前とも呼ぶ。平維盛 (これもり) の長男。母は藤原成親の娘。『平家物語』巻十二によると,平氏滅亡のとき六代は 12歳で,母や妹とともに隠れていたが密告されて北条時政に捕えられ,駿河国千本松原で斬られるところを,文覚 (もんがく) の命乞いによって助かり,出家して高雄の奥で修行。文覚の死後再び捕えられ,30歳で相模国で斬られた。『平家物語』と同じ内容の『六代御前物語』がある。
平家の一族はただ運命に身を任せるしかない。源氏にかこまれて怯える様も哀れである。結局、六代御前は一時は許されても後に斬られてしまった。
このブログへのコメントはmuragonユーザー限定です。